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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)1386号 判決

原告 小俣義行 ほか一名

被告 国

訴訟代理人 武田正彦 竹沢雅二郎 ほか五名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判 〈省略〉

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの身分関係

原告らは訴外亡小俣朝夫(以下「訴外朝夫」という。)の実父母である。訴外朝夫は、昭和一二年一二月一五日原告らの長男として出生し、同三二年九月四日航空自衛隊に入隊し、同三九年九月当時は、二等空曹として人員及び物資の輸送の任務に従事していた。

2  事故の発生

昭和三九年九月一〇日訴外朝夫の搭乗した航空自衛隊航空救難群芦屋分遣隊所属ヘリコプターH-二一B〇二-四七五五号機(以下、「本件ヘリコプター」という。)は、山口県見島分とん基地への定期運航のため同日午前九時二六分福岡県遠賀郡芦屋基地を出発して板付飛行場において人員、物資を搭載し、有視界飛行方式で見島ヘリポートへ向つた。

本件ヘリコプターは、北西に向けて離陸し、管制塔の許可を得て右旋回をし、滑走路上を横切り、上昇旋回しつつ見島へ針路をとつた。

ところが、本件ヘリコプターは、九時五九分、離陸地点から北二・二カイリ、推定高度約六〇〇フイート(福岡県粕屋郡粕屋町柚須上空)で突然後部ローターブレード(回転翼)一枚が飛散し、機首を上に、後部胴体がほとんど垂直に下がつた姿勢で、緩やかに旋回しながら水田に墜落した。

その結果、機体は破損し、搭乗員等九名中訴外朝夫を含む八名が死亡し、一名が重傷を負つた(以下、「本件事故」という。)。

3  責任原因

(一) 被告国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき、いわゆる安全配慮義務を負つているものと解すべきである。

(二) 本件につきこれをみるに、訴外朝夫は、昭和三九年九月当時、自衛隊員としてヘリコプターにより人員及び物資を輸送する任務に従事していたのであるから、被告は、右職務を執行させるためには、訴外朝夫の搭乗したヘリコプターにつき事故発生のおそれのないよう安全を配慮すべき義務を負担していた。

(三) しかるに、被告は、つぎのとおり右の安全配慮義務に違反したものである。

(1) 本件ヘリコプターは、昭和二七年以前に米国バートル社の製作したものであり、被告は、同三五年七月一三日米国より供与を受け、同三六年中に芦屋基地に配属させ、以来就航時間は一七〇〇時間にも及び、本件事故の翌月である同三九年一〇月には伊丹市内の民間工場において、オーバーホールをする予定になつていた。

(2) また、本件ヘリコプターは、シヤフトが長く、従つてローター部の振動が激しく、シヤフトとローターの接続部分がこわれやすい型式であつた。そのため、本件ヘリコプターは、本件事故前には原因不明の振動があり、調子が悪かつた。

(3) 結局、被告は、オーバーホール直前で、各部部品の強度、構造及び性能が相当に疲労していた本件ヘリコプターを完全に整備しないまま就航させて本件事故を発生させたもので、訴外朝夫に対する安全配慮義務を尽くさなかつた。

4  被告は、本件事故による訴外朝夫らの死亡は公務上の災害死であると認定して、原告らに対して葬式費用及び見舞金等として合計一八六万七四二〇円を支給した。

5  損害

(一) 主位的請求

被告は、訴外朝夫に対する安全配慮義務を履行しなかつたため、同人を死亡させたのであるから、民法第七一一条の類推適用により、原告らに対し、慰藉料支払義務を負担すべきである。

(1) 原告らは、将来を期待していた長男の訴外朝夫が本件不慮の事故のため死亡したことにより著しい精神的苦痛を受けたが、これを金銭をもつて償うためには、原告義行において二〇〇〇万円、原告かねにおいて一五〇〇万円の支払を受けるのが相当である。

(2) 被告に対し原告義行はうち一〇〇〇万円、同かねはうち五〇〇万円につき各支払を求めるため、昭和四八年一月二三日東京簡易裁判所に調停の申立(同裁判所昭和四八年(ノ)第一三号事件)をなし、右調停申立書は同年同月二七日被告に送達されたが、結局、右調停は不調に帰した。

よつて、被告に対し、原告義行は右損害金二〇〇〇万円及びうち一〇〇〇万円については、前記調停申立書が被告に送達された日の翌日である昭和四八年一月二八日から、残金一〇〇〇万円については、本件訴状送達の日の翌日である同四九年三月五日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告かねは、右損害金一五〇〇万円及びうち五〇〇万円については前記昭和四八年一月二八日から、うち五〇〇万円については前記昭和四九年三月五日から、残金五〇〇万円については原告かねが請求の趣旨拡張を申立てた第一〇回口頭弁論期日の翌日である同五〇年五月八日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二) 予備的請求

仮りに右請求が認められないとしても、原告らは、訴外朝夫の死亡により同人の逸失利益の損害賠償債権を各二分の一ずつ相続した。

(1) 訴外朝夫は死亡当時満二六歳八ケ月であつたから、満七〇歳まで生存し得たものというべきである。

(2) 俸給に相当する損害金

訴外朝夫は、本件事故が発生しなかつたならば、満五〇歳の定年退職に至るまで現行の防衛庁職員給与法に従い、別表(一)の如く各年毎に昇給を遂げ、同表記載の如き俸給を受け得る地位にあつた。従つて棒給に相当する損害金は、右俸給から同表記載のように同人の源泉所得税、年金掛金を控除した金額についてそれぞれ月額の損害金を算出し、さらにこれを一二倍して年額の損害金を算出したうえ、ホフマン式計算法によつて中間利息を控除すると、同表記載の如く二八八七万五一三八円となる。

(3) 賞与金に相当する損害金

右(2)と同様に計算して、訴外朝夫の蒙つた賞与金に相当する損害金は、別表(二)のとおり一二六七万四二三九円を相当とする。

(4) 年金に相当する損害金

訴外朝夫は、昭和三二年九月自衛隊員に任官したから、満五〇歳に達する同六二年一二月一五日定年により退官するとすれば、満五五歳より満七〇歳に達するまで年金を受領することができる。そして、退官時における給料月額一八万三二〇〇円の一ケ年分の計二一九万八四〇〇円の四〇パーセントに相当する八七万九三六〇円が年金額である。従つて満五五歳より満七〇歳まで一五年分の年金額は、合計一三一九万四〇〇円となるが、ホフマン式計算法によりその間の中間利息を控除すると、六四二万二八五二円が年金に相当する損害金である。

よつて、棒給・賞与・年金に各相当する損害金の合計四七九七万二二二九円が訴外朝夫の逸失利益であり、原告らは、これをそれぞれ二分の一宛すなわち二三九八万六一一四円五〇銭ずつ相続したが、本訴においてはそのうち各一七五〇万円ずつにつき請求する。

(5) 結論

よつて、被告に対し、原告義行は右損害金一七五〇万円及びうち一〇〇〇万円については、前記調停申立書が被告に送達された日の翌日である昭和四八年一月二八日から、残金七五〇万円については、本件訴状送達の日の翌日である同四九年三月五日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告かねは、右損害金一七五〇万円及びうち五〇〇万円については前記昭和四八年一月二八日から、うち五〇〇万円については前記昭和四九年三月五日から、うち五〇〇万円については、原告かねが請求の趣旨拡張を申立てた第一〇回口頭弁論期日の翌日である同五〇年五月八日から、残金二五〇万円についてはさらに請求の趣旨拡張を申立てた書面が被告に送達された日の後である同年一〇月八日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3の事実のうち、訴外朝夫が昭和三九年九月当時、自衛隊員としてヘリコプターにより人員及び物資を輸送する任務に従事していたこと、本件ヘリコプターが米国バートル社の製作したものであること(但し製作年月日は不明である。)、被告が昭和三五年七月一三日米国より供与を受けたものであることは認めるが、その余の事実及び主張は争う。

本件ヘリコプターにはシヤフトを円滑に回転させ、ローター部の振動を防止するために四個のベアリングが付いており、さらに緩衝装置として、ベアリング・サポート・シヨツク・マウント・ハウジングが取り付けられていた。それ故、本件ヘリコプターは、シヤフトとローターの接続部分がこわれやすい型式であつた旨の原告らの主張は失当である。

3  本件事故につき被告の安全配慮義務違反は成立しない。

(一) 本件ヘリコプターを含めて、自衛隊航空機は、平素から常に最大の注意と余裕をもつて維持管理されている。

即ち、航空自衛隊における航空機の整備については、定められた整備基準により飛行に先立ち実施する飛行前点検、飛行後に行う基本飛行後点検、定期に行う検査、機体定期修理(外注により行う。)等各機の飛行時間あるいは期間をもとに、各段階を追い、整備の点検・検査が行われている。

また、一定期間経過した主要部品は、機能の良否に関係なく逐次交換されることとなつており、航空機は常に正常な状態に維持されているのである。もし微細な欠陥があつても、それが発見されれば定期に行う点検の時期とは関係なく直ちに計画外整備を行つていることはいうまでもない。

従つて整備体系上、何ら安全配慮に欠くるところはない。

(二) 本件ヘリコプターの製造後の総飛行時間は一六八八時間五五分であるが、右整備基準により昭和三九年六月二三日に定期検査が実施され、また飛行前においても点検整備が十分なされていたものであり、また整備規定によれば本件事故の直接の原因箇所となつたヘリコプターのローターブレードソケツト(後記(三)参照)は使用時間が一五〇〇時間になると部品交換をしなければならないことになつているところ、本件ヘリコプターの右ソケツトの使用時間は一〇六四時間三〇分であつた。

結局、整備は基準に従い完全に実施されており、事故発生原因が不完全な整備に起因するとの原告らの主張は失当である。

(三) 事故後航空自衛隊における調査の結果明らかとなつた事故原因の点からも、被告について安全配慮義務違反は成立しないといわなければならない。

即ち、本件事故はヘリコプターの後方ローターブレード一枚が飛散した結果生じたものであるが、その直接の原因は右ローターブレードソケツト(ローターブレードをさし込む筒型の器具)の疲労破断であると推定され、さらに、右ソケツトが疲労破断した原因は製造時の欠陥であると推定される。しかるに、右製造時の欠陥を予め察知するためには、精密機械による検査を必要とするところ、右欠陥により右ソケツトが疲労破断することは整備規定の予想しないところであるから、被告の安全配慮義務の及びえないところというべきである。

ちなみに、被告は、米国から本件ヘリコプターの同型機を一〇機取得しているが、このうちローターブレードソケツトの疲労破断による事故を起こしたものは本件事故機のみである。

4  同4のうち被告が原告らに対し、公務災害補償金として一八六万七四二〇円を支給したことは認める。

5  同5(一)(主位的請求)のうち、東京簡易裁判所において調停手続が行われ不調となつたことは認めるが、その余は争う。

被告国の安全配慮義務違反が民法上の債務不履行に該当するとすれば、原告は契約の当事者ではなく、民法第四一五条の債権者でないことは明らかであるから、債務不履行を理由にして原告固有の慰藉料を請求しえない。

同5(二)(予備的請求)のうち訴外朝夫が死亡当時満二六歳であつたこと、本件事故が発生せずに同人が満五〇歳の定年退職に至るまで勤務したとすれば、同人に支払われるべき俸給、賞与金、控除さるべき源泉所得税、年金の掛金が、現行給与法によれば原告主張にかかる別表(一)(二)のうち「請求しうべき金額欄」を除く各欄記載の額のとおりであること、同(4)のうち同人が満五五歳より満七〇歳に達するまで年金を受領し得ること、退官時の給料が現行給与法によれば一八万三二〇〇円、一ケ年分が二一九万八四〇〇円であるから年金額が八七万九三六〇円となることは認めるが、その余は争う。

三  抗弁

1  前記二の3記載のような事情のもとにおいては、安全配慮義務の履行につき被告の担当職員に過失はない。

2  仮に原告らが被告の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権を取得したとしても、そのうち慰藉料の請求権については民法第七二四条が類推適用されると解するのを相当とする。原告らは昭和三九年九月一〇日に、本件事故の原因等を記載した同日付の新聞をみて、本件事故による損害の発生等を知つたのであるから、前記慰藉料請求権は昭和四二年九月一〇日の経過とともに時効により消滅した。

3  仮に右主張が理由がないとしても、前記損害賠償請求権は、慰藉料の請求権についても、財産上の損害賠償請求権についても、昭和三九年九月一〇日に原告らに取得されたものであるから、昭和四九年九月一〇日の経過とともに時効によつて消滅した。

四  抗弁に対する認否

本件事故発生の年月日は認めるが、その余の事実は否認する。

五  再抗弁

原告らは、被告の不法行為に基づく損害賠償債務の履行を求めて昭和四九年二月二五日本件訴を提起したが、昭和五〇年四月二日の第九回口頭弁論期日において、従来の不法行為に基づく損害賠償請求のほかに被告の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求、即ち、被告の債務不履行責任を追求するという法律構成を加え、次いで、同年五月七日の第一〇回口頭弁論期日において、請求を債務不履行に基づく損害賠償請求のみに限局した。

しかしながら、本件事故により訴外朝夫が死亡するに至り、これによつて生じた損害賠償を求めるという基本的事実(法律構成以前の紛争事実)は、訴提起時以来一貫して原告らによつて主張されているのであるから、時効制度の趣旨からいつて、本件損害賠償請求権の消滅時効は昭和四九年二月二五日になされた本件訴提起により中断されたものといわなければならない。

六  再抗弁に対する認否

本訴提起の日は認めるが、本訴の提起により消滅時効の中断が生じたとの主張は争う。

第三証拠 〈省略〉

理由

一  原告らの身分関係及び本件事故の発生に関する請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  本件事故発生の原因について。

1  〈証拠省略〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  本件事故は、本件ヘリコプターの後部ローターブレード(回転翼)の一枚が飛行中に突然飛散し、そのためあと二枚の後部ローターブレードも破損し、その結果本件ヘリコプターがバランスを失つて墜落したというものであるが、最初に一枚のローターブレードが飛散した原因は、このローターブレードの支柱(スパー・アセンブリー)をさし込み固定するための筒型の器具である金属製ソケツトに、ツールマークと呼ばれる、ソケツトの製造過程における切削工具による極めて微細なきずが存在し、これに応力が集中した結果右ソケツトが疲労破断したことにあつた。

(二)  即ち、本件事故後航空自衛隊の航空事故調査委員会においてなされた右ソケツト破断面の顕微鏡による検査において、右ソケツトの内側段ちがいの部分に応力の集中を避けるためにつけられた曲面にツールマークが存在しそこから破断がはじまつていることが発見され、しかも他に右破断の原因は発見されなかつた。このため、右委員会の調査結果としても、このツールマークに応力が集中したためソケツトが破断し、そのためにローターブレードが飛散するに至つたものと判断された。

右認定を覆えすに足る証拠はない。

2  原告らは、本件事故の原因につき、本件ヘリコプターのシヤフトが長いためにローター部の振動が激しく、シヤフトとローターの接続部分がこわれやすかつたと主張するが、〈証拠省略〉によれば、本件ヘリコプターは、エンジンによつて発生した動力がエンジン・ドライブ・シヤフトによつて中央部トランスミツシヨン(伝動装置)に伝動され、該装置及び前部と後部の各ドライブ・シヤフトによつて前部と後部の各ローター・トランスミツシヨンに伝動される仕組みになつていること、後部ドライブ・シヤフトについてみると、該シヤフトは四個所において機体に固定され、当該部分はそれぞれベアリングによつて振動の緩衝が図られており、又後部ローター・トランスミツシヨン自体の内部にもベアリングによる緩衝機構が存在することが認められ、この点において特別に問題があつたとは認められない。原告ら主張のように「シヤフトが長いためローター部の振動が激しく、シヤフトとローターの接続部分がこわれやすい」という関係はこれを証するに足る資料がない。原告らがいう機体の原因不明の振動、不調について、〈証拠省略〉に照らすと適確な証拠とするに足りない。

三  被告の責任について。

1  国と国家公務員(以下「公務員」という。)との間において、国は公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負つているものと解すべきであり(最高裁判所第三小法廷昭和五〇年二月二五日判決、民集二九巻二号一四三頁)、本件のように分とん基地への定期運航のためのヘリコプターに搭乗して、人員及び物資輸送の任務に従事する自衛隊員に対しては、ヘリコプターの飛行の安全を保持し、危険を防止するために必要な諸般の措置が要請されるところであり、右措置の中にヘリコプターの各部部品の性能を保持し、機体の整備を完全にすることが含まれることは当然である。本件は原告らが、被告において右の点についての配慮を尽くさなかつたことを非難しているので、以下に検討する。

2  前記二1の冒頭に掲記した証拠によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  航空自衛隊においてはヘリコプターの飛行時間あるいは期間をもとにして、整備体系を設けて、点検・整備が行われている。即ち、

(1) 先ず、飛行に先立ち実施される飛行前点検、飛行後に行われる飛行後点検、飛行二五時間毎に実施される定時飛行後点検という三つの段階の点検があり、さらに飛行一〇〇時間毎に実施される定期検査(以上は、部隊内で行う。)最長四五ケ月毎に民間の航空機会社に委託して実施される定期修理をそれぞれ行う。右の定期修理はアイラン方式といい、米国空軍に倣つたものであり、すべての物の故障状況は、初期故障の時期と摩耗による故障発生時期との中間期に非常に故障の少い安定した安全な時期があるという基本的認識から出発し、その時期、期間を設計側および部隊整備の側双方からの資料に基づいて決定し、それによつて実施される定期修理によつてヘリコプターを安全状態から安全状態へと置くという整備方式であり、故障が起つたから修理するという観念に立脚するものではない。

(2) また部隊における定期検査の段階で、航空幕僚長の発した技術指令書に基づき、機体取付品の定期交換という形での整備が行われている。前記ソケツトについては、飛行使用時間が一五〇時間経過後部隊整備の終つたソケツトと交換され、さらに七五〇時間経過後も同様な交換がなされ、累計一五〇〇時間使用後は廃棄し、新品と交換することになつている。但し、交換を必要とする場合は、その期限に達する前の最も近い定期検査のときに実施することになつている。

(3) 本件ヘリコプターは昭和三五年七月一三日米国から供与を受けたものである(このことは、当事者間に争いがない。)ため、前回の定期修理は、米国空軍によつてなされ、本件事故が発生したのは、前回の定期修理から四三ケ月後に当り、次回の定期修理を約二ケ月後に控えていた時期であつた。

また本件ヘリコプターに取付けられたソケツトは、前記飛行使用時間一五〇時間及び七五〇時間の各段階で部隊整備の終つたものと交換されていたし、本件事故当時のソケツトの総飛行使用時間は、一〇六〇時間余りであり、従つて新品との交換には、後四四〇時間を残していた。

(二)  航空自衛隊においてはフオームと称する一定の形式の報告書に、航空機の整備状況は整備担当者によつて、飛行状況、飛行状態は、パイロツトによつて、それぞれ記録されている。前記航空事故調査委員会は、本件ヘリコプターのフオームを過去にさかのぼつてすべて綿密に調査したが、本件ヘリコプターは、前記整備体系に従つた整備がなされ、この点での何らの手落ちもないと判断された。

(三)  本件事故の原因となつたツールマークは手で触れても判らず、肉眼で発見することも無理であり、顕微鏡による精密検査によつてはじめて発見し得るものであり、従つて部隊内で行う点検及び定期検査でその発見を期待することはできず、定期修理の段階で精密検査を行うことによつて発見できる可能性があるにすぎない。航空自衛隊が米国から本件ヘリコプターの供与を受けたときついてきたヒストリカル・カードには、前回の定期修理完という記載が存した。

以上の認定を覆えすに足る証拠はない。

3  前記2の認定事実と本件事故発生の原因とを合わせ考えると、本件事故は前記ソケツトに存したツールマークに基因して本件ヘリコプターが墜落し、搭乗の訴外朝夫を死亡させたものであるから、もし被告側において本件事故発生時前に新品のソケツトと取替えていたならば、本件事故の発生を回避し得た蓋然性はきわめて大きいということができるが、航空自衛隊の採用していた整備体系のもとにおいては、本件事故発生時前にはツールマーク発見の可能性がある定期修理の機会はなかつたし、又(ツールマーク発見の有無にかかわらず)取付品の定期交換として新品のソケツトとの交換が行われる機会もなかつた(換言すれば、本件事故は、右整備体系を実施するだけでは、本件事故発生時までに発見し、ないしは新品と交換して除去することが不可能であつた部品の欠陥に基因するものと認められるのである)。そこで問題は、本件事故発生時前に、ツールマーク発見の可能性がある定期修理が行われ(端的にいえば、定期修理がすくなくとも四三ケ月位の周期で行われ)、又は取付品の定期交換として新品のソケツトとの交換が行われる(端的にいえば、廃棄、新品との交換のための期間がすくなくとも一〇六〇時間と定められる)仕組みになつていない航空自衛隊の整備体系が自衛隊員の生命を危険から保護するものとして不合理、不完全であるかどうかという点に絞られるのであるが、右整備体系そのものに不合理ないし不完全な点があつたことを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば被告が、本件ヘリコプターの使用にともなつて訴外朝夫の生命に危険が生じないよう配慮をつくさなかつた旨の原告らの主張は肯認できないものといわざるをえない。

四  結論

右のような判断に達した以上、その余の点について判断するまでもなく被告の安全配慮義務違反を理由とする原告らの本訴請求が失当であることは明らかであるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 蕪山厳 加藤英継 染川周郎)

別表〈省略〉

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